Mens Mala Cum Linguae Malae

特に悪い事を言っているつもりはないのに、「ヒドイ」・「しったかぶるな」、等と言われ続けてきて、余り自分の思っている事を言わなくなった今日この頃… 寂しい二十代の独り言と思って下さい。

原因・症状 (2)

各業界で頻発する不祥事や日常茶飯事とも言える権力争い、悪化する治安など、社会では人々の関心を呼び、現代社会にとって「らしい」とも言える出来事が多数存在します。そして、それら全てはある意味、各国が直面している問題の「症状」として受け止める事も可能ではないのでしょうか。勿論、「健全」な社会、もしくは国がどう言ったモノか、と言う疑問も浮かびますが、上記の「社会問題」は「国体」の「病」、またその「症状」としても十分認識できるように思えます。

そもそも、本当の「病」と同じ様に人々の関心が集まる社会問題が発生すれば、お偉方は即座に忙しなげにその「解決」、つまりは「治療」を求め、各自がもっともらしい方法を掲示します。例えば、それまでは穏やかだった町中で凶悪犯罪が続けざまに発生すれば警備の強化から法の「改正」、刑の厳罰化まで様々な「処置」が取られます。実際、少年犯罪が凶悪化しつつある、と世論が判断した途端、刑事罰対象年齢が引き下げられたり、米国で行われたように、脱税に対する恐怖心を植え付けるため、有名人を最大限の刑罰に処する方法が見られます。また、同時多発テロ以降は、国家の「安全」が優先される様になり、再発を防ぐためにありとあらゆる手法が取られています。

ですが、これらの「処置」は本当に浮上した「問題」の根本的な「解決」に繋がっていると言えるのでしょうか。
当然、どの国でも世論が黙らない問題が起これば混乱を招かないためにも、まず先に、冷静沈着に対処がされている印象を与え、大衆の安心感を誘うためにも、「症状」を人々の意識から追い払う努力がされるものです。実際、犯罪が発生すれば、誰でも「何故」犯罪が発生したという無意味にも思える「原因」を追求する討論ではなく、犯人検挙という「症状」の対応を求めるものですし、犯人を捕まえることが出来ない「無能」な警察がいれば代理の組織に依頼するものです。つまり、警備の強化や暗に再発防止を仄めかす責任者の処罰がその通例と言えるかも知れません。

そして、刑を厳罰化したからと言って、頭に血が上って誰かを撲殺しようとしている人間が止められませんし、警備が強化されたからと言って「テロ」攻撃を企てている集団の意気込みが消えて無くなるわけではありません。また、当たり前ながら、現代社会で見られる多くの「問題」の「原因」とも思える、人々の道徳観、倫理観の低下や利己主義を前面に押し出す考え方は「法」に叛した者を処罰するだけで改善されるものでもありません。要するに、「症状」に気を取られている余り、「原因」を放置したままでいて、本当の「治療」を行っていないようにも思えます。言い換えれば、根本的な「解決」を求めないまま出来るだけ現状を維持し、「症状」だけを「治療」している、不治の病に冒されている患者への対応と何ら変わりません。勿論、この社会を救うことに最初から興味が無く、適当に「治療費」をかすめ取った後、見捨てるつもりでいるのならばその態度は十分妥当なモノと言えるかも知れません。しかし、社会の一員として存続を望むのならば、表面だけを取り繕った「症状」のみの対応は不適切なものとしか言い様がありません。

もっとも、社会の一員として考えれば、「原因」が「発症者」に限られたものではない事を認めなければならない状況に陥る可能性も否定できません。政治や経済の腐敗の「原因」となっている徹底した利己主義の追求や治安の悪化にも繋がる道徳観の低下は、一般的に指摘した時点で必ず自分にも跳ね返ってくるモノです。仮に自ら「超越者」を気取って社会を裁こうとしたところで相手にされないのも明らかです。

感染率が極めて高いのに発症率が低い伝染病に対応する際、自分が病気である可能性がある段階で感染者全員を「駆除」しようと言い出す人間はまずいません。ですが、医学では対応の的を発症者だけに絞って保身のため「原因」には触れようとしないことはあり得ない話です。そしてその「症状」に囚われず、「原因」を解明する義務は「社会」に対してでも存在するのでは…。

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  1. 2008/06/08(日) 23:59:59|
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原因・症状 (1)

一般的に、人間の体は何等かの異常を察知すると様々な方法でその事を外部に知らせようとします。局部に見られる腫れや発疹、痒みや痛み等はそれらの「異常」が表現されている肉体の救難信号に他なりません。医師はそれらの「症状」を考慮して体のどの部分が「原因」となっているか推測し、「治療」を行うものです。例えば、鳩尾から次第に右下腹部に移動する痛みと共に発熱などの「症状」は虫垂炎に「原因」がある場合が少なくありません。そして、「原因」が解明された場合「治療」は「症状」ではなく、主にその発端となっている部分に注目するものです。

勿論、現在の医療技術では「治療」が不可能である病も決して少なくありません。癌やエイズ、アルツハイマーに始まり、究極の病とも言えるかも知れない「死」は、その「必要性」はさておき、人間の限界を現しているとも考えられるかも知れません。また、「症状」だけが悪化し、どれ程検査を重ねても「原因」が分からない場合も少なくありません。そして、どちらにせよ「治療」が行えない場合は仕方がなく「症状」を対象に処置を施し、主に延命、もしくは痛みを和らげることを心掛けるものです。

また、体に表れる「症状」の「原因」となっている「病」も、実際は他のモノに起因しており、一種の「症状」であるとも言えるかも知れません。つまり、癌の「症状」は当然、発生した癌細胞に「原因」がありますが、その発生が実は付近にあった旧式の工場から漂ってきたダイオキシンなどと言った発癌物質に起因している可能性も否定できません。当たり前ながら、発病してしまった段階で言わば判決が下されているため、その元々の「原因」に対処することは個人にとって無意味であるかも知れません。しかし、最初から「治療」を諦め「症状」の対処にだけ注目していては、似た患者が後を絶たず、状況は改善されないことも確かです。つまり、「治療」という行為の同じ様に重要なのは、表面的な「症状」に惑わされず、正確に「原因」を突き止める事であると言えるのではないでしょうか。

そして、「病」の「症状」を見せていて、「原因」の解明、及び「治療」を求めているのは必ずしも人間ばかりであるとは限りません。例えば、冬場で多発する交通事故は多くの場合、天候に起因しているものです。勿論、天候そのものを「治療」する事は出来ませんが、急な路面の凍結や積雪の際、事故を防ぐために迅速、且つ的確な処置を施すのはある意味「常識」となっています。

しかし、現代社会に多く存在する人々の関心事は、その「症状」だけが議論の対象になっており、「原因」を解明、もしくは「治療」しようとする気配は少ないのではないでしょうか。誰もが大衆の気を引くために、簡単に目に付く「症状」に気を取られ本当の「原因」を疎かにしているのでは…。

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  1. 2008/05/28(水) 23:59:59|
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事件 (2)

一般人にとって、直接本人が関与していない「事件」の詳細を知る方法は比較的限られているものです。勿論、現代社会で普及している情報伝達網は非常に優れいており、新聞やテレビ、ラジオ、ネットと言った様々な「手段」が存在しますが、それら全てを最大限に利用している人間は殆どいない上、結局どれをとっても基本的には他人の発言や体験を頼りにしているのに過ぎません。そして何よりも、伝えられる「事件」の九割以上は自分の生活に何ら関係がありません。

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  1. 2008/05/21(水) 23:59:59|
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事件 (1)

窃盗、詐欺、恐喝、誘拐、殺人等々、現代社会では様々な「事件」と言われるモノが存在します。また、政変や社会問題のように必ずしも警察が関与しない出来事を「事件」として扱うことも当然ながらあります。例えば、政治家の不適切な発言や予想外の選挙結果、大学入試の不手際、老人介護の問題は警察や検察が介入しなければならないような「事件」とはとても言えません。そして、場合によっては町中で発生した交通事故や窃盗と言った明確な「事件」よりも人々の関心を引くことは決して不思議ではありません。

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  1. 2008/05/16(金) 23:59:59|
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告知

最近は忙しいので、流石に更新頻度を下げさせていただきます。

是非、今後も宜しくお願いします。

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  1. 2008/05/14(水) 00:37:16|
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小国・大国 (2)

経済的な面で周囲から秀でており、軍備も整えている「大国」が「小国」に比べて「外敵」への対応力が遙かに優れていることはまず間違いありません。勿論、交渉や戦争が単なる物量のみによって決着されるとは限りませんが、余力があり、直接的な「力」で強引に事を進める可能性を持っている者が有利な立場にいることも明らかと言えます。そして、外部からの脅威に怯えながら生活する必要のない「大国」の民衆が、常に「同盟」を求め、存続するためにも外交に気を配らなければならない「小国」の住人よりも「幸せ」であると言えるかも知れません。実際、多少の不満はあるものの、安穏と暮らしていける「大国」での環境と場合によっては戦乱に巻き込まれ、安定した生活が保障されていない「小国」の状況を比較すれば前者の方が「優れている」と思えるのではないでしょうか。

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  1. 2008/05/09(金) 23:59:59|
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告知

日頃より、ご愛読有り難う御座います。
都合により今週は更新を「お休み」とさせて頂きます。

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  1. 2008/04/30(水) 23:37:39|
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忘却 (2)

そもそも、モノを「記憶」し、知識を蓄えなければならない人々からすれば「忘れる事」は最も忌むべき人間の体質かも知れません。外国語の単語や法学の判例、化学式などを長時間掛けて「覚えた」積もりが何等かの拍子で何処かへ「消えてしまう」事は、例えば試験を控えている人間にとっては「悪夢」そのものかも知れません。そして、その試験が自分の人生を左右するものであるかも知れない、と思ってしまうと猶更恐怖が募ってしまいます。

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  1. 2008/04/28(月) 23:59:59|
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忘却 (1)

人との会話の途中、何かを言おうとしていたものの、ふとその内容を忘れたり、過去一度訪れて気に入った店に再度行こうとして歩き回っているにも関わらず、正確な場所が思い出せないのは誰もが経験したことであるかも知れません。元々、遙か昔、あやふやにしか「記憶」(→こちら等も参照)していない位置を覚えていない事は「仕方がない」事として処理してしまう傾向がありますが、一瞬前頭の中にあったはずの事柄を忘れてしまうと、それなりに悔しい気持ちになります。

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  1. 2008/04/27(日) 23:59:59|
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ゴミ (2)

そもそも、生活水準が比較的低く、「贅沢」を知らなかった頃の人間は身の回りにある全てのモノを出来るだけ大事に使っていました。食料は口に合わない、と言う理由だけで粗末にされませんでしたし、飢えずに暮らせるだけでも至福を感じる人に「残飯」という表現もないに等しいものでした。また、身にまとっていた衣服は体に合わなくなったり、「流行」に遅れてしまう事を理由に捨てられたりせず、糸をほどき、布を新たに縫い合わせ、効率良く再利用を繰り返していました。そして、慎ましくともそれなりに満たされている限り、人々はその生活に満足していたと言えるように思えます。

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  1. 2008/04/23(水) 23:59:59|
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応急手当 (2)

現代社会では常に様々な「災害」に備えて訓練が行われています。特に地震に脅かされている日本では幼稚園児でさえ多少なりとも「避難」という言葉の意味を意識しており、緊急時に取るべき行動を、少なくとも理論的には知っています。そして、「本番」の時、パニックに陥らないためにも人がそれぞれ所属している「組織」は頻繁に練習などを行い、必要事項を「復習」しています。

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  1. 2008/04/21(月) 23:59:59|
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応急手当 (1)

事故に巻き込まれた時や周囲にいた人が急病に冒された際、負傷者に迅速且つ的確な「処置」を施すことは多くの場合、命に関わる問題です。心肺機能が停止すれば、瞬く間に必要とされている酸素の体内への供給が不可能になり、例え後になって蘇生が行われたとしても、細胞が死滅し、脳に重大な障害が後遺症が残る危険性が存在します。また、傷を負い、体内の血液が外部へ流れ出てしまえば、「死」にしか繋がりません。そして、最も深刻な問題は、生死を彷徨っている人は基本的に意識が不明であり、自らに適切な「処置」を施すことが出来ません。つまり、周囲の人間が「手当」をしない限り、結末は一つしかありません。

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  1. 2008/04/20(日) 23:59:59|
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現代社会に対するささやかな反発(2) または 一周年記念

特に何を書くか決めていなかった駆け出しの頃、「現代社会に対するささやかな反発(1)」と言う記事を書きました。そこで、このブログで初めて記事を書いて早一年が絶った今日、ざっと一年遅れで「その(2)」を雑談のつもりで提供しようと思います。

そもそも、去年の今頃は「ブログ」というモノに対する認識も出来ておらず、方向性も全く決まっていませんでした。思い付いたことは手当たり次第、気楽に「記事」にしようとしましたが、何を書こうか比較的真剣に悩んでいたこともあります。誰かに強要されていたわけではなく、大した心構えもありませんでしたが、折角特定の「題目」に関して思う存分意見を述べる機会があった以上、適当に流したくもありませんでした。その結果、時と共に記事は次第に長くなり、当時は長くても「上・下」で納めていたものも、いつの間にか「上・中・下」の形になっていきました。勿論、今でも「題目」に関しては必要以上に時間を掛けることがありますが、滑稽なことに今となってはメモ帳に載っている40以上の項目の内、どれに手を付けるべきか迷っている次第です。(その内、半分近くが何を目的としたメモであったのか解読不能ですが…。)

自己分析してみると、記事には「題目」を決めて、書いている途中に「結論」を見つけたものと「結論」、つまりは言いたいことがあって、適当に「題目」を後から付け加えたものがあります。そして、振り返ってみると、どちらの場合でも論法が雑で誤字も目立つ文章は恥ずかしいほど多いものです。何時か読み返して多少なりとも手を加えようとは思っていますが、かれこれ300以上の記事を読み返すのは恥ずかしい上に「無駄」に時間が掛かりそうで踏ん切りが付きません。また、当初はカテゴリーに関しても整理整頓を心掛けようとしましたが、いつの間にか「雑記」と「ニュース」以外に細かく振り分ける事は殆どしなくなりました。これも何時か整理しようと常に思っていますが…(以下同文)。

当時はブログ全体の「主題」を考え、迷走した挙げ句、何時しかそれがないものとしました。言い換えれば、考えることを放棄しただけです。しかし、振り返ってみると、ここでやっていることこそ、現代社会に対する自分なりの「反発」となるのではないでしょうか。手当たり次第、国や政府、企業や人間そのものを批判しては、正論に過ぎず、言うだけは易い「改正」を提案している行動はある意味、現実を受け入れたくない子供のものと言えるかも知れません。

そして、勿論、それが分かっているからと言って、止めようとは少しも思ってはいませんし、自己満足に過ぎずとも、これ程面白い「趣味」にこれまで遭遇しませんでした。一日中が「暇」と言うことではなく、他にもやらなければならないことがあるので、今後多少なりとも更新頻度が下がるかも知れませんが、是非、これからも宜しくお願いします。

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  1. 2008/04/19(土) 23:59:59|
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中世・暗黒時代 (2)

古代の文明のような急激な発展もなく、近世ほど画期的な技術の進歩が見られなかった「中世」は、広い範囲で乱れた社会や文化の衰退から「暗黒時代」と呼ばれることがあります。しかし、日常的に「死」と直面していた人々は同時に現代社会では殆ど遭遇することのない「神秘」に囲まれていました。ただの風の音が「怪獣」のうなり声に思われたり、日食が悪魔の襲来として解釈されたり等、常に「未知」に対する恐怖、そして、その畏怖を克服しようとした「好奇心」が存在していました。

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  1. 2008/04/18(金) 23:59:59|
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中世・暗黒時代 (1)

人類史、特に欧州の歴史を「時代」に区分する場合、ギリシャやローマの支配圏が崩壊し、「古代」が終わった頃からルネッサンスや宗教改革、アメリカ大陸発見によって「近世」が始まるまでの期間を「中世」としています。実際、封建制度が盛んで、農民が「人間」と言うよりは「奴隷」に近い立場で領主に利用されていた等と言う特徴もありますが、基本的には文化が栄えていたローマ帝国の衰退から、それなりに人の意識が「進化」し、大規模な社会の変化が起こるまでの混沌とした「空白」を一概に「中世」と名付けています。また、衛生管理が劣悪で黒死病などと言った様々な疫病が流行ったり、土地を治めていた領主の気紛れで戦乱に陥ったり等、社会の状況が極めて不安定で一般人の生活が常に緊迫していた事からも「中世」を「暗黒時代」と形容することもあります。

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  1. 2008/04/17(木) 23:59:59|
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選択の自由 (3)

個人の「意思」が「自由」であるか、と言う疑問と共に、人を含んだ全ての生物に「自由」が与えられているか否か、と言う問題に直面します。「偶然」町中で擦れ違った他人が落とした財布を拾って、気付いていない持ち主に返すことを「選択」する場合、「拾う→Y/N」また「渡す→Y/N」の決断を個人の意思で下さなければなりません。そして、その判断が本当に自分の「意思」によるものであるのか、それとも「脳」が外部からの介入でそう思わせているのか分かりません。

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  1. 2008/04/16(水) 23:59:59|
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選択の自由 (2)

普段、余り意識しないものではありますが、五感で認識できるもの全ては所詮、外部からもたらされた情報を「脳」が適度に電気信号に書き換え、適当に解釈されたものに過ぎません。逆に、自分が起こす行動も結果的には「脳」が四肢に送った信号によって生まれたものであり、明確に「人」の「意思」が関わっているとはとても言えません。勿論、「歩く」と言う「意思」を持った結果、「障害」がない限り体が望んだ方向に動き出し、目的地に到達することは疑いようがありません。しかし、「歩行」のように簡単に見える動作でも様々な難点を内包しているように思えます。

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  1. 2008/04/15(火) 23:59:59|
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選択の自由 (1)

起床し、朝食を取り、出勤する、「当然」と言われる行動から、店頭に並んでいる物を選んで買ったり、余暇を如何に過ごすかなど、気分次第では頻繁に変化する判断まで、人の日常生活は実に様々な「決断」によって左右されています。そして、当然ながら社会的立場や生活上の理由から多少の束縛は存在するものの、基本的に人間は受け入れる選択肢によって自分の将来、つまりは人生を決定しているように思っています。

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  1. 2008/04/14(月) 23:59:59|
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老人 (3)

人間ならば誰でも一度手に入れた地位や特権、名声を出来るだけ長く維持し、その栄光に輝こうとします。実際、会社の重役や政治家はあらゆる手段を用いて自らの立場を死守しています。「社長」が「会長」の役職に就いたり、以前の大物政治家が裏方に回り、政界を操作しようとすることなど、正に一度味わった「権力」にしがみついている用にしか見えません。また、頻繁に話題になる「天下り」の習慣も官僚の身分を保全する為にしかないように思えます。

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  1. 2008/04/13(日) 23:59:59|
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老人 (2)

一昔前、助言役としては欠かせず、殆ど無条件で尊敬されていた「老人」が現代社会では邪魔者扱いされている原因は一体何所にあるのでしょう。勿論、過去と比較して医学が発展し、人が遙かに長く生きていくことが可能であり、その結果社会に「老人」が増えていることが一つの理由であるようには思えます。ですが、人、特に身内の長寿自体は本来ならば喜ばしいこととして認識されるものの、その影響で新たな病が登場し、社会に大きな影響を与えているのも事実です。

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  1. 2008/04/12(土) 23:59:59|
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老人 (1)

どの文化圏でも、それなりに人生経験を積み、年を取った人間の発言は重視され、その人物を敬う傾向があります。実際、今でも多くの国で存在する「上院」という政治的決断を下す機関は、古代のギリシャやローマで発足した「元老院」に起源を持っていて、その名の通り年長者の会議を意味していました。また、小説や映画などで遭遇する聡明な「賢者」(→こちら等も参照)や強力な魔術師、格闘技の達人など、「師匠」と呼ばれる立場にいる人間は基本的に高齢者であり、「老人」として描かれています。

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  1. 2008/04/11(金) 23:59:59|
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記号 (3)

例えば、試験で提出された解答の正解を○で、不正解の場合を×で表現するのと同じ様に、「記号」は様々な物事を省略し、内容を簡潔に伝える役目を担っています。しかし、考えてみれば省略される対象になっているモノも、元は「文字」や「単語」という「記号」で表されていました。事実、「×」は「不正解」の略として使われていますが、「不正解」と言う「単語」も同時に解答が模範のものと一致していなかったり、間違いが含まれている有り様を代弁しています。

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  1. 2008/04/07(月) 23:59:59|
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記号 (2)

「公衆便所」や「非常口」の他、世界的に知られている上、政治的にも影響力を発揮したのが丸の中^と|が描かれた「平和」を意味する「記号」です。今となっては服装や装飾品など、様々なところで取り組まれていて、一般的にも広く普及している「記号」ではありますが、同時にその意味や起源が不明瞭になっているように思えます。つまり、店に並べられている○^|を手に取る理由は、明確に世界の「平和」を意識し、その思考に賛成しているからではなく、単にその模様が気に入り、自分の身につけるのに相応しい「飾り物」として認識したのに過ぎないからではないでしょうか。

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  1. 2008/04/06(日) 23:59:59|
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記号 (1)

何等かの用事があって今まで行ったことのない所へ外出した際、急な便意を催したとします。当然ながら、地理に疎いため最も近場にある手洗いの場所など想像できるはずもないため、用を足すために公衆便所を探します。そして、若干恥ずかしいかも知れない思いをして見知らぬ誰かに場所を尋ねない限り基本的に標識を便りにしているのが「普通」の行動です。しかし、殆どの人間は「公衆便所」や「お手洗い」という言葉よりも「WC」と書かれたものや四つの線が飛び出している三角、もしくは四角の上に丸が描かれている縦線によって分けられた赤と青の表示を探すはずです。何故なら「Water Closet」の略である前者も男女を隔てた事を意味する後者も、公式に「公衆便所」を意味する「記号」として知られているからです。

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  1. 2008/04/05(土) 23:59:59|
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知人・友人 (2)

例えば、さほど親しくない職場の同僚に社交辞令として近況を訪ねられれば、多くの人は反射的に極めて在り来たりな返答をします。確かに、それなりの関心を持たれている以上、この同僚はただ挨拶だけを交わして、それぞれの仕事に戻るだけの単なる表面的な「知人」には分類されません。また、親しき仲にも礼儀あり、と言う様に、個人的な問題を抱えているからと言って「友人」に対する社交辞令を全て省いて、愚痴ばかりをこぼすわけではありません。しかし、社交辞令のように事務的とも言える会話を始め、返答も同様にただ会話を継続させるための「手段」であれば、相手を「友人」として扱うのには少々無理があるように思えます。

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  1. 2008/04/04(金) 23:59:59|
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知人・友人 (1)

普通に生活していく内、基本的に人は他者と何等かの関係を持ちます。外出する際、偶に顔を合わせる隣人や頻繁に話をする職場の同僚、昔同じ部活で学校生活を送っていた同級生など、人間関係には実に様々であり、他人と接する方法は人それぞれです。そして、他者と言葉を交わす場合、自然と話題に適している内容を選出するものです。例えば、帰宅の途中で一緒になった「単なる顔見知り」に過ぎない近所の住人を相手に仕事や家庭の事情を対象とした愚痴をこぼす訳にはいきません。逆に、頻繁に飲み屋巡りをする職場の同僚や久しく会っていない人間を相手に天気の話ばかりをする事もありません。しかし、どの様な条件で、他者は「知人」から「友人」へと「昇格」することが出来るのでしょうか。

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  1. 2008/04/03(木) 23:59:59|
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四月馬鹿

毎年、四月一日になると世界中の新聞やテレビのニュースに内容が「嘘」(→こちら等も参照)である記事が掲載される習慣があります。また、他人をからかうために実害のない「嘘」を付いても、この日だけは騙された方が「馬鹿」であって、怒ってはいけないとされています。その内、度々「四月馬鹿」の報道で使われるジョークで、酸性雨に大量に含まれ、原子力発電所でも使われる上、地球温暖化の原因となる、一酸化二水素(単なる水)の危険性を訴えるものや惑星の位置関係から重力が極端に変化するため、特定の時刻に跳び上がることを勧めるものが有名になっています。最近では四月一日であれば何時でも嘘を付いて良いとして認識されてはいますが、本来は半日に限られたモノであり、正午を過ぎた段階で人を馬鹿にしてはいけないものでした。

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  1. 2008/04/01(火) 23:28:35|
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傭兵 (2)

小説や映画などから知られている「傭兵」は必ずしも一般人に好印象を与えているものとは限りません。また、君主論で知られているマキャヴェッリのように、史上では多くの有識者が「傭兵」という稼業を「悪人」に区分しています。そもそも、金だけが目当ての集団が、戦闘の際、本気で戦線を維持し、「正規軍」よりも国を守ろうとする意思があるはずがありません。そして、敵側が大金をちらつかせるだけで簡単に裏切る危険性がある「傭兵」を容認する道理はありません。しかし、16世紀の仏国や蘭国で起きた紛争や17世紀初頭に欧州で盛んであった三十年戦争は主に「傭兵」の力で行われていて、史実とは限らないものの、旧約聖書でのダビデ王も「傭兵」を雇っていたとされています。つまり、人類の歴史を遡っていけば、常に何処かで「傭兵」の存在が影をちらつかせていたことになります。

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  1. 2008/03/29(土) 23:59:59|
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傭兵 (1)

人類の歴史に「国」や「民族」という概念が浮上するよりも遙か昔から人々は争い事に身を投じていました。食料と資源の捕獲や領地及び市場の拡大、繁殖など様々な理由から人は本来自分が所有していないにも関わらず「必要」と感じているモノに手を出し続けています。実際、現代社会でも食料や繁殖を理由に大規模な「戦争」は勃発していなくても、「繁殖」を目的とした揉め事は日常茶飯事と化していますし、さほど裕福でない国々での「食料」を目当てとした騒動は珍しくありません。

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  1. 2008/03/28(金) 23:59:59|
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春休み

誠に勝手ながら、一週間ほどの「春休み」とさせていただきます。

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  1. 2008/03/18(火) 19:40:58|
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Earthlings

「Earthlings」(=「地球生物」)とは人間の安穏とした生活が完全に動物の存在に依存していることを取り扱った95分ほどのドキュメンタリーです。畜産業や最先端の科学実験、至る所で動物が賤視されている実態が隠しカメラなどの映像を交えて描かれています。

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  1. 2008/03/14(金) 23:06:26|
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制服 (3)

単体では非力である人間には誰でも「群」の一員となる願望があるものです。一人では克服できなくとも、助けを得れば解決できる問題、集団でなければ立ち向かうことが適わない相手等、現代社会の様々な場面で「群」の特長が生かされています。個人が幾ら叫んだところで不満の根本的解消は成りませんが、大勢で声を張り上げれば流石に無視されることもなくなります。そんな中、矮小な「単体」は一つの不安に駆られるのではないでしょうか。つまり、本当に自分は「群」の一員であるのか、と。

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  1. 2008/03/13(木) 23:59:59|
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制服 (2)

そもそも、「制服」と言って早い段階で思い浮かぶのが多くの学校で着用が義務付けられている衣服のことではないでしょうか。学ランやセーラー服など様々なものがあり、最近ではそのデザインで入試を受ける所を決める者も少なくないと聞きます。また、「制服」に施された特徴で学内での「地位」、つまりは学級の上下関係が判断できるようになっている場合もあります。そして、ただ外見で青少年がどの「集団」に所属していて、どの「階級」を持っているか判断出来るためだけに「制服」が導入された訳ではありません。

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  1. 2008/03/12(水) 23:59:59|
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制服 (1)

現代社会で他者の「職業」を判断する際、まず第一にその「外見」が注目の対象となります。警察官や消防官、軍人と言った人間は勤務中であれば、誰が見てもそうであると理解できるように「制服」を着込んでいます。また、病院等の場所ではその「外見」から医者や看護師、事務関係と言った「種分け」が直ちに可能になっていますし、町中で学校の「制服」を身につけている集団を見掛ければ何所に所属している人間であり、予備知識があれば大体の年齢を推察することも出来ます。

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  1. 2008/03/11(火) 23:59:59|
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アクション・リアクション (3)

複雑極まりない現代社会で人の「行動」の内、何が発端となる「アクション」で、何が場合によっては回避不可能な、「反応」に値する「リアクション」であるか判断することは非常に困難と言えることでしょう。実際、日々変動している国際情勢を観察してみて、正確に自発的な「行動」と促された「反応」を分別することが出来るとは思えません。

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  1. 2008/02/18(月) 22:42:33|
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アクション・リアクション (2)

他者から何等かの形の「行動」(アクション)があれば、それに対して「反応」(リアクション)を示すのが普通と言えます。また、人が起こす多くの「行動」は相手の「反応」を期待、もしくは予測した上で起こされるものであります。

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  1. 2008/02/17(日) 23:37:04|
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アクション・リアクション (1)

ニュートン力学によれば、全ての「作用」(アクション)にはその対となる「反作用」(リアクション)が存在します。一つの物質に「作用」する力は、必ず周囲にある他の物質に同等の大きさと真逆の方向性を持った「反作用」を及ぼさなければ生じません。つまり、あらゆる物質とそれらに「作用」する力は相互関係にあり、反対の要素を持ち合わせた「現象」を無くして存在することはあり得ません。

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  1. 2008/02/16(土) 23:44:53|
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競技・記録 (2)

そもそも、様々な「スポーツ」の大会で競技の結果を「記録」し、比較するようになったのは極最近のことです。実際、古代ギリシャで行われていた元祖五輪大会では単純に「勝者」が求められ、一々歴代の者と比較するような真似はされていませんでした。大体、「記録」を付けることによって「勝者」同士を比べ、競争意識を掻き立てる行為も考え方によっては無粋であるようにも思えます。

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  1. 2008/02/13(水) 23:59:44|
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競技・記録 (1)

陸上や水泳と言った個人競技、または野球のような団体で営むスポーツであろうと、常に「記録」というものが騒がれ、大きな目標としてあげられます。個人種目では速さ、高さ、距離などと言った選手が残した数値に関して「単なる」勝利の他に「世界記録」や「日本記録」、「大会記録」と言った全ての選手の目標とされる、是非とも手に入れたい栄誉が存在します。

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